6歳の心に残る醤油ご飯

6歳の心に残る醤油ご飯 食事

6歳の心に残る醤油ご飯

これは私が6歳(幼稚園の年長さん)の頃のお話です。

当時私の家族は、父と母と産まれたばかりの妹と2歳下の弟と私の計5人で借家で生活をしていました。

母は専業主婦で世帯収入は父親が友人と始めた事業(電気製品販売業)の収入のみでした。

父の会社は、友人と父を合わせても社員数5人程度の小さい会社ながら皆が家族ぐるみの付き合いをする仲睦まじい会社であったこと、毎年社員の家族を連れて社員旅行に行っていたのを覚えています。

父は事業主で多忙だったのか、顔を合わせる機会は1週間に2.3度。

夜遅く自宅に戻り朝早く出勤するという生活を送っていました。

土日も仕事で母に怒られるといつも玄関前で「お父さんー」と泣きながら叫んでいました。

また幼稚園の父親参観も母がいつも私より幼い兄弟を連れて参加していました。

それでも私にとっては自慢の父、友達にはよく「お父さんはヒーロー」と言っていました。

しかし、私が6歳になり世間がちょっと理解できるようになった頃から我が家の現実に気がついてきました。

夕飯はご飯とたくあんのみという日があったり、「アイスが欲しい」と言ったら小さく刻んだ氷に砂糖をふりかけて出てきたり、Tシャツに穴があいたら糸を縫い合わせて修繕し新しい服を買ってもらえなかったこと。

6歳の私でもとお金に苦労しているということがわかってきました。

借家の大家さんが家賃代の取り立てに来ていることも知りました。

大家さんが大きい声で「いい加減払わないなら出て行ってもらう」と母に怒鳴っていた風景は今でも夢に出てきます。

それでも楽しいこともありました。

いつかの夜の夕飯にステーキが出てきました。

小さいステーキでしたが母の分と私と弟の分の計2枚を用意してました。

あまりの美味しさに私と弟で母の分まで食べてしまいました。

母は「大丈夫だよ、母さんは後からご飯食べるね」と言っていましたが、おかずは無く私達兄弟がテレビを見ている間にご飯に醤油をかけて食べていました。

今では家族仲良くなんとか人並みに生活できていますが、あの夜の母の背中は忘れられません。

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